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外資系経理マンのページ

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小説(11)

経理には もうひとつの課題があった。それは、二度目の決算である。それも、ことのほかこの年は 成績が芳しくなかった。アメリカでヒットした作品を毎月のようにリリースしたが、すべて予想を下回る売り上げしかでなかった。当然である。いくらアメリカでヒットしたところで、それが日本でヒットするとは、決してかぎらない。それに対する自覚が アメリカにはない。アメリカの基準、この場合はヒットの基準だが、それが世界で通用すると思い込んでいる。そして、深田も本音のところではその点をわかっていても、日本の会社を守るためにアメリカにものをいうこともない。いま、いちばん大事なのは、江頭との関係だからだ。
 それどころか、アメリカがいってきた数字にあわせるように、経理とITに指示が飛んだ。つまり、粗利を増やすために、各社の発注を水増しするわけだ。
ファックスの発注書がくれば そこに7本とあれば 17本と増やすようにである。
 もちろん、ただ単に増やせばいいのではなく、それを証憑(エビデンス)として整理して、監査に備えなければならないのだ。だから、販売管理ソフトももう一つ決算用の領域を用意し、発注書、請求書をアウトプットしておかねばならない。そう、決して出す事のない請求書である。

 次の日からは、その準備におわれた。

日本の商法にもとづいた法定監査ではないが、それなりの準備は求められる。松田は、問屋からおくられてきたファックスをコピーにとっては、本数を安藤がまとめたとおりに受注数を改ざんしていき、それをコピーして証憑ファイルにとじていった。
松田には、このとき謎が頭をよぎった。あれだけ、深田を糾弾する労働組合の委員長をやりながら、こういう作業には加担してしまう。
「食うためじゃないか。仕方ないだろう」
そう安藤は言うが、松田は釈然としないものを感じていた。しょせん、売り上げを水増ししたところで、回収自体があり得ない話だから、結局、損の繰延べでしかありえないのだ。数字をアメリカ本社の求める、言い方をかえるならば予算(バジェット)にあわせたところで、自己の体力を消耗するだけなのではないか?むしろ、会社の経営がおかしくなれば、それこそ「食う」ことができなくなるのではないか?

証憑の整理、および会計ソフトへの入力、元帳出力などがあったため、時間がかかり、終わったのは明け方になっていたが、松田の気持ちは晴れずじまいだった。ただ、その気持ちがはれるのにはさほどの時間もかからなかった。やはり人間、表と裏はあるものだ。



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